『記憶の欠片』
ペンネーム:鉢かづき
その日、目覚めた時からいつもと様子が違っていた。父も母もいない。田舎から泊まりに来ていた祖母が7歳の私の顔をのぞき込んで「今日からお姉ちゃんだねぇ」と告げた。しばらくして、家に戻った父に連れられて病院へ行く。途中、普段は素通りしていたお花屋さんへ初めて入った。待望の男子誕生に喜びを隠せない父は、おそらくありったけの勇気を振り絞り、バラの花を買って母のもとへと向かった。目覚めてすぐに目に飛び込んできた朝の光りのように、柔らかな黄色のバラだった。
あれから数十年の時を経て、あの日バラの花で祝福された生命に、父は最期を見守られて旅立っていった。
バラを贈られた母でさえ忘れていた記憶の欠片が、なぜか今私の手のひらにある。見れば見るほど美しくきらめいているので、一人で眺めているのはもったいないと思えてきた。今度実家へ帰るときは、バラの花をお供えしよう。