『レインツリーの国』
「・・・・・重量オーバーだったんですね」 |
(本文より引用) |
他人事とは思えないほど哀しい言葉にぶち当たった。
そこには、エレベーターの重量オーバーを知らせるブザーが鳴っているのに、その音が聞こえないため状況を把握することができず、立ち往生してしまう耳の不自由な主人公ひとみの姿があった。
実は私の夫も聴覚障害というハンデを持つ一人。医学的には〈感音性難聴〉という病名で、補聴器を装着しても健聴者のようには聞き取ることが難しいレベルにある。
結婚するとき、私は「一生この人の耳になろう」と決めた。しかし、相手のハンデを理解することはそんなに易しいことではなかった。
「天気残念やったな、せっかく出て来てもらったのに」 注文を終えて伸行から無難な言葉を振ってみると、水を飲んでいたひとみは弾かれたように顔を上げた。 「そんなことないですよ、私も会いたかったですし」 天気のことを振ったつもりだったが、ひとみは台詞の後半に引っかかったらしく・・・ |
(本文より引用) |
夫も話し掛けられたとき、言葉の最初の部分はなかなか聞き取れず、だけど途中の言葉から聞き取れる。夫の「聞こえ」の構造が難し過ぎて、会話はいつもちぐはぐで・・・空回りばかりだった。
そんな時、自分の気持ちを変えたくて、夫の上司からアドバイスを頂いた。そのときの答えはただ一つ。「話し掛ける合図を二人で相談して決めたらいいよ!」と。
“そっか〜”と妙に合点が行った。と同時に心がとっても軽くなった。早速「合図」を決めて、アドバイス通りに実行してみようと試みた。するとその瞬間から不思議なことが起きた。何とそこには、合図なしでも夫と会話ができている私がいたのだ。
あれだけ悩んでいたことがうそのように解決してしまっていた。まさに神様からのプレゼントだと感じた。
ちょっとした発想の転換の向こうには、無限な世界が広がっている。
耳が不自由でもきっと大丈夫!幸せをつかんでね!!とわが事のように彼女の幸せを願いながらページの向こうに思いをはせた。
『レインツリーの国』
有川 浩 | 著 |
新潮社 | 文庫 |